筋力トレーニングでは一般的に呼吸を吐くように指導されるが、場面によってその呼吸法も異なってくる。
水泳選手は水泳用の呼吸法があり、マラソンなどの長距離選手はランナーに見合う呼吸法が存在する。
また自分の体の能力を使い競い合うスポーツ競技では、運動のパフォーマンスに大きく影響を与える酸素と二酸化炭素の問題も攻略していかなくてはいけない。
誰もが自然に行っているのが呼吸。
しかしだからこそあまり呼吸法を意識していないアスリートも多いのではないだろうか?
「息を止めてはいけませんよ~」
「はい、ゆっくり息を吐きながらあげていきますよ~」
スポーツクラブに行った事がある方や、トレーニングジムに通っている方はこのような言葉を何度も耳にしていることだろう。
私自身も何度この言葉を言い続けてきたことかわからないほどである。
筋力トレーニングでは一般的に息を吐きながらトレーニングをすることが常識となっている。
※呼吸を止めずに息を吐くようなトレーニングが正しい
このような何となくのイメージでトレーニングを実践してきた方もいるかもしれない。
しかし正しいとされる呼吸法にはその理由がある。
呼吸法のメカニズムがわかれば、今後は自分自身で息を吸う場面、息を吐く場面を見極められるようになる。
呼吸法のメカニズムは非常に簡単だ。
では、ここではまず一般常識とされている「息を吐く常識」の理由について見ていこう。
筋トレでは、日常生活を超える範囲の筋力を出力することが基本。
全く負荷も何もなければ筋トレではない。
人間は筋力を出力する際にどうしても多少の「いきみ」を生じる。
この際、息をゆっくり吐き出しながら筋力を出力すると腹筋が少しずつ収縮する。
この軽く腹筋が収縮した状態は、脊柱が正しい位置に固定され体幹が引き締まっている状態だ。
※息を吐くと体幹が固定される
体幹部ががっちりと安定した姿勢は最も筋肉の出力を発揮しやすい状態。
その為、トレーニングでは息を吐くことが重要視されているのだ。
体幹部の安定したフォームは筋力を発揮しやすいだけでなく、怪我の防止、予防にもなる。
ちょっとした負荷で体が左右にぶれてしまうような状態では、ウエイトを扱うトレーニングでは危険性も高まる。
しかし、この呼吸法は慣れるまでなかなか上手に息を吐き出せない。
最初は一気に呼吸をしてしまったり、むせてしまうような事もあるかもしれない。
トレーニング初心者の場合は、まず軽いウエイトで筋力を発揮しながらゆっくりと息を徐々に吐き出していく呼吸法の練習からスタートしてみよう。
1ヶ月も意識した状態で取り組めば、その後は軽い意識だけで上手に呼吸法を実践できるようになり、数ヶ月も経てば自然と正しい呼吸法が実践できるようになってくる。
※慣れるまではゆっくり息を吐き出す呼吸法を意識する
トレーニング手法や技術的なものは練習を重ねるが、呼吸法の練習となると途端に誰もが続かなくなる。
呼吸法は誰にでも思った以上に簡単に出来るように感じる。
基本となる腹式呼吸や丹田に意識を集中する呼吸法も出来ないことはない。
但し、普段からこの呼吸法を馴染ませていくことがアスリートにとっては重要なポイント。
短期的スパンでは効果の実証は難しく体感もなかなか得られないのは事実。
しかし長期スパンで見た場合、呼吸法の習得によってパフォーマンスに大きな差を生じる可能性をもつのも事実である。
呼吸法の改善がひとつのきっかけとなってパフォーマンス能力を高めることに成功しているトップアスリートも実際に多い。
「うおりゃ~!!!!」
トレーニングジム中に鳴り響く大きな声!
一般のスポーツクラブでこのような大声を出すとまわりの視線はおそらくとてもひややかなものだろう。
しかし、トレーニング専用の多少マニアックなジムなどへ行くと、このように奇声とも言えそうな大きな声を上げているアスリートがたくさんいる。
このように極度に大きな筋力を出力する際に大きな声を出すことは実は理に適っている行為であり有効な手段だ。
スポーツ科学的でも大きな声を出す、いわゆる「シャウト」による筋肉の能力アップが確認されている。
大きな声を出すと筋肉の出力が高まることは科学的に証明されている。
これを「シャウト効果」と呼ぶ。
※シャウト効果=大きな声を出すことで筋出力が高まる現象
近年あまりお目にかからなくなったが、卓球の福原選手の「ッサー!」というかけ声。
勝負所になると出てくるあのかけ声はシャウト効果も関与しているだろう。
またボクサーや空手など格闘技アスリートがヒットの瞬間に「シュッ!」「ハイッ!」などと声を出しているのもシャウト効果が発揮されている可能性がある。
このように筋力をより発揮したい場面では大きな声を出すことが有効であることは間違いない。
筋トレなどのように、MAXに近い筋出力を必要とするようなトレーニングでは、シャウト効果を狙って大きな声を出すのも良いだろう。(周りの環境次第だが)
特にヘビーウエイトを扱う事が多いアスリートは「シャウト効果」による筋出力アップがどの程度なされるのかについても覚えておこう。
シャウト効果のイメージは「火事場の馬鹿力!」のように緊急事態に発する声のイメージを思い浮かべると良い。
このシャウト効果の優れている点は息を吐き出しながら力を発揮している点。
科学的には約5%~7%ほどの筋出力アップをもたらす可能性があるとされている。
※シャウト効果による筋出力アップは約5%~7%程度
声が短いという特徴はあるがトレーニングの基本的な呼吸法に近いものがある。
ここぞという場面では気合いを入れる意味もこめて声を出すと良い結果がうまれるかもしれない。
シャウト効果もそうだが、「息を吐き出しならの呼吸法」はアスリートにとっての基本系でもあるのでしっかり覚えておこう。
我々「ヒト」という生物は高い筋力を発揮する際に息を吐き出しながら筋力を発揮する事に適している構造となっている点も覚えておこう。
息を吐き出しながら筋力を出力すると筋力を発揮しやすいことは理解した。
更に大声を出しながら筋力を発揮するとより高い出力を発揮できることもわかってきた。前項の「シャウト効果を参照」
では、ここで更に筋出力が高くなる呼吸法について見ていこう。
筋肉の出力は呼吸法によって大きく変化することが見えてくる。
呼吸法がパフォーマンスに影響を与えるひとつの要因は、この「筋出力と呼吸の関連性」というポイントがある為だ。
我々人間が最も筋力を発揮できる状態は息を止めた状態。
重い荷物を持ち上げる瞬間はおそらく誰もが一瞬息を止めている。
息をゆっくり吐き出しながら重たい荷物を持ち上げる人はそういないはずである。
これは呼吸を止めた時に最も力が出ることを無意識に覚えている為だ。
※息を止めると筋力は最大出力を発揮する
ウエイトリフティングなど超ヘビー級のウエイトを扱う競技では一時的に呼吸を止めている選手も多い。
これは一瞬呼吸を止めることでヘビーウエイトが扱える事を経験上知っている為。
呼吸を継続しながらでは扱えないウエイトも、息を止めることで数秒は扱えるようになるのである。
トレーニングでは、1RMの90%近くのウエイトを扱うような場面ではどうしても息をとめてしまう瞬間がある。
1RMの90%と言えば筋肥大や筋力の向上を目的としたトレーニングメニューを行なう際に設定するパーセンテージ。
息を止めてしまうのは、やはりヘビーウエイトとなる分、筋力を最も発揮しやすい無呼吸状態に頼ってしまう為だ。
このように息を止めて筋力を出力することを怒責と呼ぶ。
※トレーニング中に息を止めて力を出すこと=怒責
怒責では呼吸を止めた状態を維持しながら一気に力を出す為、急激に血圧が上昇する。
急激な血圧の上昇は心臓への大きな負担となり、心肺機能にも大きな影響を与える可能性がある。
また急速な血流の変化によるめまいや、場合によっては失神の可能性もある。
最も筋力を発揮できる無呼吸状態は安全性という面ではとてもお勧めできない呼吸法と言える。
怒責(どせき)の効果は確かに高いものがあるが、血圧が急激に上昇するというデメリットを保持している点をしっかり覚えておこう。
※呼吸を止めながらいきむと血圧の上昇を招く
筋トレを行う際の呼吸法で一番適している呼吸法は何だろうか?
ここまで来ると、大半の方は「息を吐く方法が適している」と考えるはずだ。
息を止めると最高の筋出力を得られるのは確かではある。
しかし、やはり安全性という観点からはとてもお勧めできるものではないし、実践してみようとも思えない。
しかし、ここでまだひとつ疑問に残っていることがある方もいるのではないだろうか?
そう、「息を吸いながらのトレーニングの可能性」である。
この実証に関しては、簡単な実験で理解できるので、今すぐ自分でも試してみて欲しい。
では簡単な実験のスタートだ。
実験は以下の手順で行う。
まず胸の前で手のひらを合わせ背筋を伸ばす。この際、親指と親指がぶつからないように少しずらす。
合わせた手のひら同士を押し合う。
これだけだ。
この際、「1.息を吐く2.息を吸う3.息を止める」この3つのパターンの呼吸をしながらそれぞれ試してみてよう。
これは、どの方法が一番力を入れやすく感じたかの体感チェックの実験だ。
実験が終わってから以下の項目を見て欲しい。
1.息を吐く
息を吐きながらでも力は十分に入れられると感じたのではないだろうか?
2.息を吸う
息を吸いながらの場合は、明らかに力が入りにくいと感じられたのではないだろうか?
3.息を止める
最も力が入ったのではないだろうか?
上の項目は一般的な呼吸法の違いによる体感の指標。
実際の筋肉の出力レベルも同様になる。
息を止める呼吸法が安全性からも適していないとなると後は2択。
「息を吸う」「息を吐く」これはどちらも呼吸を止めないので安全性はほぼ同じ。
であれば3つの中でも2番目に出力が高い「息を吐く」がヘビーウエイトを扱う筋トレの呼吸法では理想系であると言える。
2番目に出力が高い「息を吐きながらのトレーニング」が良い
トレーニングジムにあるウエイトトレーニングマシーンの多くには呼吸法に関する説明が記載されている。
その多くはプレス時に息を吐き出すとなっている。
しかし、背中を鍛えるトレーニングマシンなどで引く動作(プル系の動作)を伴うマシンの場合は「息を吸いながら」と記載されていることが多い。
ラットプルダウンやローイング系のマシンがその典型的な例だ。
これらのプル系のマシンでは、ウエイトの軌道に沿ってトレーニングをすると胸郭が最終的に広がっていく姿勢となる。
この際、胸郭が広がりに伴って横隔膜も持ち上がり肺も膨らもうとする。
一連の動きの中で膨らもうとする肺に対し、息を吐くというのは人体の構造上無理がある話し。
この場合は、3番目の出力となる息を吸うが選択されることになる。
※プル系のマシントレーニングの呼吸法は息を吸いながらが基本
「さぁプールの床におしりをつけてみよう~」
スイミングクラブでは、子供であっても大人であっても初心者コースではまず沈むことから練習をスタートする。
実はこのただ沈むということが初心者はなかなかできない。
その理由は、息を上手に吐き出せないことにある。
子供のスイミングスクールでは、ウォームアップでボビングと呼ばれるしゃがみながらの水中歩行が行われる。
これらは全て上手に鼻から息を吐き出す練習をしているのである。
水中では陸上の呼吸法は通用しない。
人間はエラ呼吸ではなく肺呼吸。
肺呼吸の人間が水中で泳ぐ為には、技術の習得以前にその状況に見合った呼吸法を身につけることが優先されるのだ。
※陸上と水上では呼吸法が異なる
陸上と水上の呼吸法で最も異なる点。
それは水上では鼻から息を吸うシーンが存在しない点にある。
実際は、若干ではあるが鼻からも空気は入っている。
しかし、基本的に鼻から空気を吸うという呼吸法はないのである。
※水泳では鼻から吸う呼吸法は存在しない
水泳における呼吸の基本は「口で吸って鼻から吐く」が基本系。
息継ぎの際に口に水が入っても、飲まないよう意識できている呼吸の場合は気管に水が入ることはない。
しかし鼻に水が入ると人はたちまち苦しくなってしまう。
そんな経験もあるのではないだろうか?
水中では水圧と呼ばれる力が働いている。
言うまでもないが、この水圧は陸上の空気の圧力とは比較にならないほど高い。
その為、ある程度鼻から息を吐き出せるようになっていないと、水圧の力で鼻に水が浸入してくることがある。
背泳ぎなどの泳法ではこれが顕著に現れる。
※水中では水圧の力が働く
鼻へ進入してくる可能性のあるフォーム状態の場合は、常に鼻から少しずつ空気を吐き出しておく。
これが出来るようになると、水泳の背泳ぎのスタートで有名な「バサロスタート」なども上手に実践できるようになるだろう。
水泳という競技は、当たり前であるはずの陸上という条件から外れていることからも根底から他の競技とは異なる要素をもつ競技である。
まずは普通に息継ぎができるようになること。
その為の正しい呼吸法を身につけることが水泳というスポーツ競技における技術習得のひとつの課題となる。
「2回吸って2回吐く!」
「スゥスゥ・ハァ~が基本!」
長距離走を行う際の呼吸法の指導では上記のような表現の言葉をよく耳にすると思う。
実際のところ陸上のマラソン選手は呼吸法の習得に非常に力を入れている。
この呼吸法に関しては決められたルールなどは存在しない。
だが、基本的に早いリズムの呼吸よりもゆっくりとした呼吸のリズムをとることが求められる。
個々の選手によって様々な呼吸法があるが、ここでひとつ入門者向けの非常に有効な呼吸法があるのでご紹介していこう。
この呼吸法はジョギングやランニングなどの有酸素運動、そしてダイエット中の方に人気の高いウォーキングなどでもそのまま使用できる。
決して大それたものでもなく一般的にも知られている呼吸法でもあるが、これからスタートする方もいるはずなので紹介しておこう。
その呼吸法とは「歩数」を基準とする呼吸法である。
この呼吸法が優れていると言えるポイントはリズムが整いやすい点にある。
※歩数で呼吸を合わせるとリズムが整いやすい
呼吸法にとってリズムは生命線でもある。その為、このリズムを合わせるという方向性を重視して呼吸を行っていくのが歩数を基準とする呼吸法である。
2回吸って2回吐く!これはマラソンの呼吸法の常識だが、これだけを意識してもなかなかリズムが整ってこないアスリートが多い。
不器用な選手はこの呼吸法に集中するだけでバテテしまう選手もいる。
また2回吸ってゆっくり1回吐き出す。
この方法も理に適ってはいるが、リズム感の弱いアスリートの場合は手足のタイミングが変則の呼吸と同調し乱れてしまうこともある。
対して歩数を基準とする呼吸法は、必ず手足の動きと呼吸が同調する為、初心者でも非常に取り組みやすいという特性がある。
呼吸のタイミングは4歩に1回の呼吸。
2歩で吸って2歩で吐く。
これだけである。
※4歩に1回の呼吸
歩数を基準として取り組む利点は、後々2回吸って2回吐き出す、2回吸って1回吐き出すといった様々な呼吸法に簡単に応用できること。
どちらからスタートしても最終的には歩数と呼吸のリズムは同調してくるもの。
もしこれから長距離走などのランニングの呼吸法の習得を目差す方はまずこの簡単な呼吸法からチャレンジしてみることをお勧めする。